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【連載】君の一歩は未来に向けて(6)

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反町公紀選手、アジアユース大会日本代表としての1枚
反町公紀選手、アジアユース大会日本代表としての1枚

 「日本選手権なんて、あるんですか?」

障害者陸上の日本選手権を観に行く予定があると話すと、隣のつり革に捕まっていた飲み仲間が驚いた顏をした。友人が主催した暑気払い、IT関係の仕事をしている男性会社員と帰りの路線が一緒になった。彼は、2020年にパラリンピックが東京で開催されることは知っている。しかし、パラリンピックで行われる競技や選手については、あまり知らないようだ。

「日本選手権なんて」の「なんて」が、私の頭の中で引っかかる。その「なんて」は、「障害者陸上の日本選手権なんて、あるとは思っていませんでした」ということだろう。

これが健常者の陸上だったら、「なんて」は付いてこなかったに違いない。陸上にそれほど関心がない人でも、なんらかの国内の大会があることは想像できるだろう。


 気温はそれほど高くないのに、山手線の車内は冷房が効いている。冷気が首筋に当たって、少し肌寒くなってきた。車体の小刻みな揺れに振り回されないように、つり革を頼りにバランスをとる。どちらか一方が降車するまでの時間をつなぐ会話は、パラリンピックから、東京湾の花火大会に移った。花火を見に行くことと比べたら、パラリンピックの競技を観に行くことは、まだまだ馴染みがないものだろう。

 

 反町公紀は、2020年の東京パラリンピックへの出場を狙っているのだろうか。公紀の意思を聞いたことはない。出会ってからもうすぐ2年、LINEでやりとりするようになってから1年半になる。国内の大会を迎えるたびに目標を尋ねるが、最近はもっぱら、自己ベスト更新だ。公紀の最近の記録は、100m13秒40台だった。


 パラ陸上は、障害の種類や程度ごとに、選手がクラスに分かれて競い合う。たとえば、片足を膝上で切断して大腿義足を使って走る選手はT63クラス、片足を膝下で切断して下腿義足を使う選手はT64クラスに分けられる。公紀は、歩行または走行が可能な片麻痺の人が所属するT37クラスになる。

 T37クラス男子100mの世界記録は、11秒42だ(2018年6月現在)。この記録は2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックで、南アフリカの選手が出している。リオ・パラリンピック100m決勝を調べてみると、出場8選手のうち上位6選手は11秒台の記録を出しており、最下位の選手は12秒13だった。

 仮に100mを12秒で走ると仮定すると、100m÷12=8.33m/秒。1秒あたり8.33m前進している計算になる。2秒は16m67の差だ。スタートからゴールまで均等な速さで走ったと仮定して計算した結果だから、実際にはもっと差がつくのかしれない。決して小さくはない差だ。ただ、公紀がパラリンピックの100m決勝進出を目指すなら、この差を詰めなければならない。

2020年の東京パラリンピックは、開催まであと約2年。2019年には、日本代表選手選考の基準を満たすような成績を残しておかなくてはならないだろう。


 公紀からLINEで送られてくる言葉を読むと、「勝ちたい」「速くなりたい」という気持ちは伝わってくる。ただ、それは目の前の大会で「勝ちたい」、そのために「速くなりたい」というものだ。いつまでに、どのレベルまで競技力を高めていこうと考えているのか、計画を立てているのかどうかは掴めない。

 公紀は、今年20歳になる男性にしては小柄な体格だが、これから体が成長する可能性は残っているだろう。骨格や筋肉を整えることもできそうだ。右半身の麻痺や、体の左右のバランスの調整は、リハビリやトレーニングを通して何らかの改善が図られる気がする。これらを一言で言うなら、競技のために「体」を整えるということだろう。ただ、競技力を高めるということを考えると、体を整えるだけでは足りないはずだ。


 私は、公紀の脳が気になった。

体の状態が良くても、脳からの指令を伝えることができなければ、体が上手く動かないのではないか。また、より速く走るためには、自分の走りの状態を把握し、自分が優れているところを伸ばし、足りないところを補うことが必要だろう。結果を求められる国際大会では、緊張やプレッシャーに負けないことも重要になる。自覚や判断、練習を続けるモチベーションの維持や、感情のコントロールも不可欠に違いない。

 身体を動かす脳。自分の現状を捉えるのも脳。モチベーションを持続するのも脳が関係しそうだ。


 脳について知りたい。障害のある脳について知りたい。競技力を高めるために、脳をどう使えばいいのか。使い方の工夫があるのか。

もし、脳を効果的に使う方法があるとしたら、その方法は、障害のある脳にも当てはめることができるのか。

脳について知ることで、公紀の可能性が見えてくる気がした。

 

(取材・執筆:河原レイカ、2017年8月掲載)

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