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【連載】君の一歩は未来に向けて(14)

paraspoofficial

反町さん
反町さん

オリーブオイルでニンニクを炒めている香りが店内に漂っている。香ばしさに誘われて、唾液が舌の裏側に染み出していくのが分かる。

JR高崎駅から車で5分ほどの場所にある古民家風の店は、パスタ専門店として地域では人気らしい。反町公紀と、母親の由美さん、そして私の3人は、一番奥のテーブル席に通された。私たちが席についた後も、次から次へ家族連れやカップルが入ってきて、店内はほぼ満席になっている。

公紀が注文したカルボナーラは、白い器に盛られて運ばれてきた。


「う~ぅ」

公紀の口から洩れた声は、「腹、減ったぁ」か、「わぁ、うまそう」か。そんな感じだ。

由美さんが、鞄の中からキッチン鋏を取り出し、カルボナーラの器に立てるよう入れた。

「ふぅ~」

公紀の声は「早く、早く」と急かしているように聞こえる。

由美さんは、1本20センチほどの長さの麺をサクッ、サクッと切りこんでいく。5センチ程度に刻まれたことで、麺の山はいくらかなだらかになった。ペーパーナプキンで鋏の刃についた白いソースを拭っていると、私の注文したパスタも運ばれてきた。


交通事故に遭うまで、公紀の利き手は右手だった。その右手は硬縮している。硬く閉じて固まっている手では、物を持ったり、掴んだりすることは難しい。かといって、左手もスムーズに動かせているわけではない。公紀は、左手に握ったフォークで、ゆっくりと麺をすくうようにしてまとめていた。自分の顏を皿のほうへ近づけて、がっがっと口の中へ掻き込んでいる。


口に入った麺は、飲み込む時に喉の奥で突っかかるのだろう。公紀は、時折、ゴホッゴホッと咽せる。私は、「大丈夫?」と視線を送ったが、公紀の視線はカルボナーラに注がれていて、こちらに気づいていない。咽るのを気にしている様子はないので、これは、いつものことらしい。


「一人で、気ままに、好きなものを外食したいと、思うことはある?」

これまで様々な質問をしてきたが、公紀にそう尋ねたことはない。

左手で、キッチン鋏を使って、ちょうどよい長さに麺を切るのは、難しそうだ。器から麺が飛びだし、散らかってしまうだろう。


もし、一人で外食するなら、店員に料理を細かくしてもらう、ひと手間をお願いしなくてはならない。それをお願いするにも筆談になる。気心のしれた店員が働いている店でなければ、「気ままに」という気分にはなれないだろう。

他人に頼む煩わしさを避けるため、キッチン鋏のひと手間をかけてくれる誰かを同行すれば、「一人で」ではなくなる。「一人で、気ままに外食する」という望みを叶えるのは、簡単ではなさそうだ。

 

公紀は2018年10月、20歳になった。年が明けて、ちょうど1週間ほど前に成人式を済ませたそうだ。

母親の由美さんの話では、中学時代の同級生たちの多くは、大学生になっている。現役合格なら大学2年生だから、そろそろ就職についても考え始めている頃かもしれない。

公紀は、同級生たちの動向を気にすることがあるのだろうか。障害者就労支援事業所に通い、パソコンの操作などを学びながら、パラ陸上のトレーニングをしている自分と、大学や専門学校に進学した友達と比べることがあるのだろうか。

そもそも、彼は、自分の将来について、どう考えているのか。

私は、1週間に1回のペースで、公紀とLINEを交わしている。そのやりとりの中で、将来に関わることを聞いてみたことがある。公紀の誕生日の後で送ったLINEだ。

 

「公紀くん、20歳は大人ですね。公紀くんは、自立について考えたことはありますか?」

既読になって、すぐに、公紀からの返信があった。

「自分からやることになる」

 

自立という言葉の意味を考えたようだ。公紀にとって、自立とは、「自分からやること」だと言っている。

私は、質問を重ねた。

「公紀くんは、何を、自分からやるの?」

具体的に何をすることが、公紀の自立になるのか。彼の考えを聞きたかった。

「洗濯機するとかいっている。洗濯物畳になっている」

 

脇腹を肘でちょんちょんと小突かれたような気がした。腹の底から、ふふふっという笑いが沸いて、鼻の穴から息がこぼれた。

彼は、取り繕って答えることはない。自分が思ったことをそのまま話していると思う。

自立とは、自分からやること。

自分からやるのは、洗濯機を回して衣類を洗い、乾いた洗濯物を畳むこと。

私にとって、自立とは、進学して親元から離れて一人暮らしをすることや、就職して経済的に独立することだった。

それを公紀に当てはめて考えようとしていたのかもしれない。公紀の答えは、私が考えていた自立とは異なっていた。


(取材・執筆:河原レイカ、2018年10月掲載)

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