【ミラノ・コルティナ冬季パラ】スノーボード、小栗が銀「やっととれた!」
- paraspoofficial
- 10 時間前
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スノーボード/コルティナダンペッツォ
小栗大地が自身初の銀メダル
「やっと、とれた! ここからがスタート」
バンクドスラローム種目は気象やコース状況などを考慮して3月14日から13日に前倒しされて行われた。日本から7選手が出場し、男子LL1(下肢障害)で小栗大地(SCSK)が銀メダルを獲得した。同クラスで小須田潤太(オープンハウス)が5位、女子LL2(同)で坂下恵里(三菱オートリース)が7位に入賞した。スノーボード日本にとってメダル獲得は2大会ぶりだった。
バンクドスラロームはバンク(傾斜)が作られたコース上に設置された旗門の間を滑り降りる競技で、各選手が2本滑って良い方の記録で順位を競う。
元プロボーダーの45歳、パラリンピック3大会連続出場の小栗は1本目で持ち味のカービングターンでコーナーを攻め、2位につけた。2本目ではさらに積極的な滑りでタイムを上げ順位を守り、銀メダルに輝いた。小栗のメダル獲得は初めて。
「今回のバンクドスラロームは、公式トレーニングの段階からとても調子が良く、コースとの相性も良かったので、『いける!』という強い手応えを感じながらレースに臨んだ」という小栗。きついターンの位置がすべて、義足である右脚を前にして滑るグーフィースタンスの小栗にとって攻めやすい、つま先側にあったのだ。
1本目での2位は「想定通りの展開」で、2本目は「他の選手が必ずタイムを縮めてくると分かっていたので、守るという選択肢はなく、トップのノア(エリオット/アメリカ)をまくることだけを考えて全力で攻めた」。が、後半、わずかにミスが出てエリオットに0.08秒及ばず、逆転はならなかった。
「正直、悔しさはある。でも、2本目でしっかりタイムを縮め、これまでで一番ノアに肉薄する滑りができたこと、そして何よりパラリンピックという最高の舞台で銀メダルを獲得できたことを本当に誇りに思う」とかみしめた。
さらに、「ここがゴールではなく、新しいスタート。次の4年でさらに強くなり、もっと高い場所を目指して挑戦を続けたい」と、さらなる高みを見据えた。
小栗はスノーボード代表チーム発足時からキャプテンを務め、個性あふれるメンバーを率いてきた。日本はスノーボードが正式競技になった2018年平昌大会に成田緑夢がメダル2個(金、銅)を獲得したが、つづく2022年北京大会ではメダルなしに終わり、今大会は、「チームとしてメダル!」を目標にかかげ、互いに切磋琢磨してきた。
今年1月、海外遠征中に世界選手権覇者の小須田が右肘を、LL2の岡本圭司(牛乳石鹸共進社)が右手首を骨折するなど士気が落ち込む状況にもメンバー一丸で立ち向かってきた。
小栗はレース翌日に行われたメダリスト会見で、「今回のメダルはチームみんなで取ったメダル。とくにバンクド(スラローム)の2回目はチームみんなの想いを乗せて滑れて結果を出せた。本当によかった」と、充実の笑顔で振り返った。
メンバーから、「さすがキャプテンと、持ち上げられた」と笑顔を見せ、「チームとしてメダルを目指してきたが、『まさか自分が』という思い。銀がふさわしい」とうなずいた。その真意は、「もちろん1番を目指してやってきたが、ミラノ・コルティナで終わるつもりはない。そういう意味で、(銀は)まだ一つ上の目標があるということ。4年後はしっかり金を取り、(スノーボード)クロスでもメダルを獲りたい」。力強く、挑戦続行を宣言した。
元木勇希テクニカルコーチは、「最高にしびれた。小栗選手の強さはもちろんのこと、北京大会から『チームとしてメダル!』にこだわりを持ち続け、選手同士で高め合ったチーム力により勝ち取った結果」と称えた。
なお、小栗の銀メダルは日本にとって冬季パラリンピックでの通算100個目となる節目のメダルだった。「100個目ということで、普段より(メディアに)取り上げてもらえる。パラスノーボードや他の冬季競技、義足で滑る自分の姿を見て義足のことなどを多くの人に知ってもらえる機会になったかな」。さまざまな価値を含んだ銀メダルが、小栗の胸で奥深い光を放っていた。






(取材:フリーライター:星野恭子)
(提供:日本障害者スキー連盟/撮影:KOHEI MARUYAMA)



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